北朝鮮「偉大な愛」の幻(上・下)

著者ブラッドレー・マーティン(ジャーナリスト)

訳者 朝倉和子 (翻訳家)

書評

金正日とはいったいどんな人物だったのか。北朝鮮に何度も足を運び、また膨大な数の亡命者や脱北者へのインタビューを試み、それらの生きた証言を建国以来の歴史の中に位置づけたジャーナリスト、ブラッドレー・マーティンの『北朝鮮「偉大な愛」の幻』は、金正日の実像を生き生きと伝えている。金正日は、無神経で残忍な暴君であるとともに、市場経済と共存するタイの王制に関心を寄せる改革者という両面性をそなえていた。しかし、結局、彼は慎重な日和見主義の域を出ることが出来ず、瀬戸際外交の果てに、軍を中心とする「先軍政治」へと舵を切ることになる。

それでは、なぜ、金正日は、核や弾道ミサイルなどの大量破壊兵器の放棄を決断できなかったのか。マーティンによれば、そこに立ちはだかっていたのは、信頼と検証の問題だった。北朝鮮をそこまで不信の塊にしたもの、それは、朝鮮戦争のトラウマだったのである。ナパーム弾をはじめとして60万トンもの爆弾の洗礼を受けた北朝鮮に刻みつけられた戦禍の記憶は、閉ざされた国家を準臨戦態勢へと押しやっていった。

 ――姜尚中・東京大学教授(朝日新聞、2012年1月15日)

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